WANDS シングル売上ランキング

 90年代のビーイングブームをZARDと共に牽引し、瞬く間にトップアーティストへと登り詰めたWANDS。上杉昇の圧倒的なボーカルと、ポップさとハードロックを融合させたサウンドは、J-POPのスタンダードとなった。
今回は、彼らがリリースした歴代CDシングル(第1期〜第3期)ランキングをお届けする!さらに、ZARDやB'zの記事と同様に作編曲や作詞、タイアップに着目して徹底解析する。

ZARD シングル売上ランキングはこちら↓

B'z シングル売上ランキングはこちら↓



【WANDS】全シングル売上ランキング

 まずは、WANDS(第3期まで)のシングル売上ランキングを示す。第5期はかなり時期が空く上、CD売上が落ち込んで久しい時期でデータの連続性がないため省略する。 (※画面幅が狭い場合、横にスクロールできます。)

 90年代を代表するアーティストにしては意外にも90年代を通してわずか15作しかリリースしていない。それでもシングルだけで合計854.8万枚を売り上げているのだから凄まじい。
 この表には載っていないが、実はWANDSの最高売上のシングルは「中山美穂&WANDS」名義の「世界中の誰よりきっと」である。183万枚というダブルミリオンに迫る超メガヒットを記録した!

「世界中の誰よりきっと」が大ヒットした理由についてはこちら↓ 1. WANDSはなぜ一躍人気になりながらも凋落していったのか 前編

1992年のビーイングの快進撃についてはこちら↓ 5. ビーイングブーム徹底解析その4 ~ビーイングブーム前夜(92年)~


 表のままだと分かりにくいので、以下ではグラフ化して可視化してみる。




売上推移分析

 まずは、リリース順の売上をグラフ化してみる。
 グラフを見ると、1992年に3枚目シングル「もっと強く抱きしめたなら」で一気にブレイクしたことが分かる。ミリオンヒットシングルを3作も輩出し、1993年には年間トータルセールスランキングでZARDに次いで第2位を獲得し栄華を極めた。しかし、その後は一気に売上が減少していったことが分かる。
 92年の3作目「もっと強く抱きしめたなら」から94年目の8作目「世界が終るまでは…」までの計2年間、6作のうちミリオンヒットが4作、平均売上は驚異の118.2万枚という結果だった!
 上杉昇自身がWANDSというユニットの集大成(インタビュー動画)・それまでのラブソングの集大成(インタビュー記事)と述べた8枚目シングル「世界が終るまでは…」を特大花火のようにを打ち上げた後、9枚目シングル「Secret Night 〜It's My Treat〜」を境に、WANDSのサウンドは大きく変貌を遂げ売上も下降していった。このあたりの詳しい記事は別記事をご参照ください。

WANDSの人気はなぜ凋落したのかについて詳しくはこちら↓ 2. WANDSはなぜ一躍人気になりながらも凋落していったのか 後編


 10枚目「Same Side」では、上杉・柴崎の両名が作詞・作曲を主導し、当時アメリカで全盛だったグランジ/オルタナティブ・ロック色をさらに前面に押し出したダークでヘヴィなサウンドの楽曲をシングルとしてリリースした。それまでのポップなWANDSを求めていたライト層の離脱を招き、売上枚数は前作から半減以下(23.4万枚)に急落することになった。この自ら求める音楽性とプロとして売れなければならないという責任感のジレンマにあったのはWANDSだけの話ではない。そのあたりのB'zとWANDSの比較については別記事で取り上げている。

B'zとWANDSの比較について詳しくはこちら↓ 15. B'zとWANDSはどこで差がついたのか?


 続いて最高売上を記録した3rdシングル「もっと強く抱きしめたなら」以降の売上のプロットに対して指数関数を近似してみた。
 近似曲線は、y=265.62*exp(-0.34*x)という式になった。指数の肩が、ZARDの場合は-0.097、B'zでは-0.061となっていたが、WANDSの場合は-0.34と極めて(絶対値が)大きい。これは急速にファン離れが加速したことを示している。
 ZARDとは似たような初動売上を記録していたため、同じ路線を続けていたらZARDのように1997年くらいまでは60万枚程度をキープできたのではないかと考えるのも自然である。




初動売上・最高位の推移

 次に初動売上と週間チャートの最高順位の推移をグラフ化してみよう。
 青色の初動売上は3ed「もっと強く抱きしめたなら」のブレイク以降、「時の扉」の22.2万枚から漸増していった。何気にターニングポイントとなった9枚目シングル「Secret Night 〜It's My Treat〜」が初動売上としては最大で、どんな曲でも必ず発売初週に買う30万人の固定ファンをガッチリつかんでいたことが分かる。しかし、次作「Same side」で初動売上はほぼ6割減の12万枚まで落ち込んだ。1995年に12万枚で2位が取れているのはわりと運がいい方だと思う。ちなみに、95/03/06付の週間チャートではMANISH最大のヒット作「煌めく瞬間に捕われて/眩しいくらいに…」が初動13.4万枚を売り上げたにも関わらず初動6位に甘んじている。

 赤色の最高位は全盛期の3枚目から9枚目まではほぼ1位を獲得し、しかもそのうち「愛を語るより口づけをかわそう」で4週連続、「もっと強く抱きしめたなら」「恋せよ乙女」「世界が終るまでは…」の3作で2週連続と複数週で1位を獲得している。しかし、全盛期においても1度だけ初登場1位を逃している。それが7枚目「Jumpin' Jack Boy/White Memories」だ。
※赤色が初登場、青色は前週で既出

 この週はサザンオールスターズ「クリスマス・ラブ」、CHAGE & ASKAの2作同時リリース(ただしアルバムからのシングルカット)と大物ぞろいの週ではあった。しかし、WANDSの首位獲得を阻んだのは彼らではなく、なんとソロ転向したばかりの藤井フミヤであった。ダブルミリオンを記録した「TRUE LOVE」の2週目がなんと1週目とほぼ同じ水準の38.8万枚を記録し、28.6万枚のWANDSを2位に抑え込んだのである。 このあたりは、圧倒的な固定ファンの厚さで70万枚の初動売上を叩き出し、有無を言わさず他のアーティストを力でねじ伏せていたB'zには遠く及ばなかった部分である。やはり地道なライブ活動やラジオなどの媒体を通してファンを獲得していたB'zに対し、WANDSは数回のテレビ出演でしかファンを増やせなかった故の苦しさが見て取れる。




作編曲家別の売上

 続いて作編曲家別の売上について分析しよう。

1. 作曲家


 まず、作曲家別の作品数比率を円グラフで示している。作品数で数えるとビーイングのメイン作曲家、織田哲郎と栗林誠一郎とWANDSの第1期メンバーであった大島康祐の3人でおよそ50%という結果となった。意外にも織田哲郎と栗林誠一郎の作曲は少なく、全体の1/3程度を占めるに過ぎない。
 続いて、作品数ではなく、作曲家別の売上枚数を示す。今度は打って変わって、第1期メンバーの大島康祐とビーイングの強力作家陣である織田哲郎・栗林誠一郎、そして多々納好夫の4人で約90%を占める結果となった。
 作曲家ごとの1作あたりの売上枚数も計算してみると、織田哲郎・栗林誠一郎・大島康祐・多々納好夫の4人とその他の作曲家で極めて大きな差が如実に現れる結果となった。この結果は、WANDSの商業的成功がビーイングの主力作家陣の貢献によるものであることを証明していると言っても差支えないだろう。

2. 編曲家


 次は、編曲家別の作品数比率を円グラフで示している。作品数別で見てみると、それなりにばらけている印象を受ける。一番その割合が多いのはメンバー自身の手による編曲(大島康祐・柴崎浩・WANDS名義)で40%となっている。
 続いて、作品数ではなく、編曲家別の売上枚数を示す。葉山たけしによる編曲だけで53%と半分を越え、さらに明石昌夫が3割と続く。このビーイングのメインアレンジャー二人だけで実に80%を超える。さらに、3人目のアレンジャー池田大介を加えると、その比率はなんと90%を超えるのだ!これは、WANDSのヒット曲がビーイングの専属アレンジャーによってもたらされていたことを示す何よりの証拠だ。

 生前の明石昌夫がミリオンヒットを記録した「時の扉」の編曲秘話を自身のYouTubeで語っている。元々上品だった大島康祐のアレンジを下品にして(笑)大ヒットさせたとのこと。
 作曲家のとき同様に、編曲家ごとの1作あたりの売上枚数も計算してみると、葉山たけしはなんとミリオン越えの113.3万枚、明石昌夫も100万枚に迫る86.5万枚を記録した。明石昌夫はブレイク前のシングルも含めてこの数字というのだから凄すぎる。一方、メンバー自身の手による編曲のシングルは1作あたり10万枚にも満たない。これは、ブレイク前とオルタナティブ・ロック移行後の作品がメインを占めるからである。




タイアップ別の売上

 タイアップ別の売上について分析しよう。
 タイアップ別の作品数を見てみると、意外にもドラマ主題歌・挿入歌は少なく、CMとアニメのが過半数を占める。COUNTDOWN TVのオープニングなどのその他のタイアップも1/3を占める。CMとアニメタイアップで売れたというのはいかにもビーイング系らしい売れ方だ。
 売上ベースで見てみると、圧倒的にCMタイアップの売上が多く、過半数を占める。ミリオンヒットの4作のうち2作がCMタイアップなのが要因だろう。

 作品あたりの売上枚数はCM>ドラマ>アニメ>その他という結果となった。この結果はZARDやB'zの比べてもそう差異があるわけではないが、ZARDやB'zはドラマ>CMとなっていた点が異なる。WANDSは地上波の主要なドラマの主題歌をほとんど担当していないことが大きい。ただ、WANDSもドラマやCMタイアップを最大限有効に用いて高い売上を叩き出していたことがよく分かる。

ビーイング系のタイアップ戦略についてはこちら↓ 1. ビーイング系の特徴その1 タイアップ戦略とテレビ出演




まとめ

 WANDSのシングル売上データとタイアップの遷移を振り返ると、タイアップは単なる「おまけ」ではなく、楽曲をヒットさせるための必要不可欠な要素であったことが分かる。これはビーイングのタイアップ戦略が最も上手く機能した成功例の一つと言える。
 そして、織田哲郎・栗林誠一郎をはじめとして、多々納好夫・大島康祐を含めた超一流の作曲家、葉山たけしと明石昌夫の超一流の編曲家に提供された楽曲に、上杉昇の天才的な詩がのり、上杉昇のセクシーな声がかみ合わさったことにより、初期〜中期の作品が爆発的な売上を叩き出したことが証明された。しかし、アーティスト自身がセルフプロデュースを強めた瞬間に売上が急減していくプロセスは、ビーイングお抱えの作家陣に依存するビーイング系独自の楽曲制作モデルの脆さを如実に物語っている。

 しかし、アーティストの圧倒的な実力、時代の先を捉えた作編曲、そしてビーイングによる効果的なタイアップ戦略。この3つが完全に合致したからこそ、WANDSは90年代の音楽シーンの頂点に君臨し得たことがよく分かってもらえたのではないだろうか。


 最後に、全盛期WANDSの代表曲を集めたベスト盤「SINGLES COLLECTION+6」、ビーイングロックとグランジの狭間でせめぎ合った超名盤「PIECE OF MY SOUL」、全盛期90年代の貴重なライブ映像「WANDS BEST LIVE & CLIPS」を紹介する。気になる方はぜひ!


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